7/30/06

シャーロットに行ってきた

29日土曜日、朝から張り切って、シャーロット(Charlotte) に行ってきた。シーグローブから西に、どこまでも続く森を超え、約1時間40分。突然開けた景色の中に、巨大なビルが出現した。



シャーロット は、ノースキャロライナ州南西部に位置する、州最大人口の都市だ(州都ではない)。市内の人口は約59万人(2004年)だが、近年人口増加が激しく、都市圏人口は150万人以上に上る。西にアパラチア山脈を控え、一帯を形成するピードモント工業地帯の中枢を成し、電子、化学、衣料、食品、印刷など多様な工業が集積するが、古くはカタゥバ川の水力発電による紡績業が盛んであったようだ。

朝一の用事をさっさと済ませて、長い間行きたかった「Mint Museum of Art」に足を運んだ。ここは元造幣局の建物。19世紀に、シャーロット近郊のアパラチア山脈から金が発見された後、ゴールドラッシュによって町は栄え、全米初の造幣局が作られた。その跡地を利用して、美術館が設立された。ちなみに「Mint」は、ハーブのミントではなく、「造幣局」の意味を持つ。

http://www.mintmuseum.org/

また、シャーロット・アップタウン(ダウンタウンとは言わないらしい)には、別館の「Mint Museum of Craft +Design」があり、現代の工芸やデザインに関するコレクションを展示している。日本の陶芸家、秋山陽氏の作品もあった。

別館の中に小洒落たカフェがあり、ここでランチ。アスパラガスとチキンのバルサミコ味サラダが、思いのほか美味しかった。

あと、韓国食材店「ロッテ」でお米を買い、帰路についた。たまには、街に来るのもいいものだ。

7/19/06

ピーターズバレイで寄り道

ペンシルバニア州とニュージャージー州の州境辺りは国立公園となっていて、野生動物がたくさん住み、自然の森が保存されている。夏はキャンプなどレジャーで訪れる人が多いが、冬は雪に閉ざされる。ニュージャージー州レイトンというその辺りのさらに山手の方に入った外れに、ひっそりとたたずむのが、「ピータズバレイ工芸教育センター(Peters Vallery Craft Education Center)」だ。陶芸、金工、木工、ガラスなどいろいろなクラフトがあり、夏のワークショップをメインに、さまざまなイベントが行われている。

詳しくはウェブサイトへ: www.pvcrafts.org/

ピーターズバレイの陶芸スタジオ(2006年)



7月15日(土)、NY・Ithacaからの帰り道、ルート81からちょっと外れてニュージャージーに入り、ピーターズバレイを訪れた。ここに来るのは2002年のクリスマス以来で、約3年半ぶりだ。

ここは、特に柴田にとっては特別な場所だ。当時私たちはマサチューセッツ州ニューベッドフォードに住んでいて、私はUMass Dartmouthの学生で、彼の方は地元陶芸家のスタジオを借りて、お互い制作活動に励んでいた。2002年秋、レジデンシーアーティストとして受け入れが決まったピーターズバレイに、柴田が単身で行くことになった。車に荷物を詰め込んで、マサチューセッツからニュージャージーまで300マイル(480km)運転して、2ヶ月間滞在制作をした。


日本人陶芸家・坂爪氏が築いた、ほとんどトンネルのような穴窯。
煙突側から写真を撮っているのだが、ただの穴のように見える。(2002年)

登窯。ノースキャロライナ・ポタリーセンターのものと全く同じデザイン。(2002年)

レジデンシーアーティスト用のハウス。当時乗っていた、プリマス・ヴォイジャーも。(2002年)

ここの陶芸スタジオを管理運営するのは、ブルース・デナート(Bruce Dehnert)氏。たぶん、私たちが知っている限りで、もっとも仕事のできる、そして良く働く陶芸家のうちの一人だろう。どんなにしんどい仕事も一人でこなし、スタジオを訪れる人たちのためにその労力を惜しまない。「まだまだ、ブルースほどは働いてない」と、私たちが良く使うフレーズになるくらいだ。

久しぶりに訪れたと陶芸スタジオは、夏のワークショップの真っ最中で、ブルースはとても忙しそうだった。生徒たちは一生懸命ロクロを引いている。夏季アシスタントの女性が2人いて、そのうちの一人はこの秋から、私が通っていたUMassに大学院生として進学するという。老婆心ながら、ちょっとだけアドバイスした。

陶芸スタジオの様子(2006年)


ブルースと、奥さんであり画家でもあるKulvinder(発音が難しくカタカナで書けないが「コゥヴェンダー」がちょっとだけ近い)に、お茶の時間を取ってもらい、Ithacaでのワークショップの話、信楽のこと、シーグローブのこと、柴田のプロジェクトのこと、NCポタリーセンターのことなどを、時間を気にしつつかいつまんで話す。


Bruce と Kulvinder (2002年)

あまり時間を取ると生徒にも悪いので、早めに切り上げお別れを言った。シーグローブからピーターズバレイまでは、車でノンストップで来ても14、5時間はかかるだろう。今度いつ来れるか分らないけど、でもまた、この2人に会いに来よう、と思うのだった。




7/18/06

コーネル大学でのワークショップ

コーネル大学でワークショップとレクチャーを行った。

コーネル大学は、1868年に、エズラ・コーネルによってNY州Ithacaに開設された。アメリカ北東部にある8つの大学で構成された「アイビーリーグ」の一つで、歴史があり、入学志願者の多い人気校だ。コーネル大学のあるIthacaは人口3万人、フィンガー・レイクス地方と呼ばれるニューヨーク州の中部に位置し、NYCからは約400km離れている。



3年前に1度、美術館を見るために、ここを訪れたことはあったが、仕事のために滞在するのは初めてだ。私たちを招いてくれた、コーディネーターのアンディ・パルマー氏に連れられて、美術館や構内を歩く。丘の上に美しい校舎や時計台が建ち、古き良き雰囲気を醸し出している。

大学付属の美術館


ワークショップでは、NCから持参した原土を何種類か使い、ロクロを挽き、大鉢や皿、急須、壷などを2日間かけて作った。参加者は2~30人ぐらいだった。皆、非常にまじめに、時にノートをとりながらしっかり聞いている。

今回、特に強調したのは、自然の原料・原土を使い、自分のオリジナルの素材を大切に使うことだった。私たちの陶芸はとてもシンプルで、掘った土を水ひして土をつくり、焼締か、または化粧や灰釉を使って装飾をし、薪の窯で焚く、というものだ。ビルの中に作られ、設備が整った限りある空間である学校内のスタジオでは、なかなか経験できないものなので(原始的とも言えるが)、逆に興味深かったのではないかと思う。



1日目の最後には、前の晩に何とか用意した、スライドプレゼンテーションを行った。信楽の写真や、マサチューセッツ州、ヴァージニア州、そしてシーグローブのやきもののことを紹介した。

2日目は、シーグローブから持ってきた竹を使った、竹の道具ワークショップを開き、各自弓や竹べらを作った。また磁器土を使ったはんこワークショップも行い、自分の名前を彫ってはんこを作った。

大勢の人の前で、英語で話し、作品を作り、短時間で仕上げて、しかも皆に満足してもらうというのは、よほど慣れた人でない限りは、いつまでたっても結構苦痛なものだ。だが、新しい人たちとの出会いや情報交換、ネットワーク作りは、自分の見識を広げるためにとても大切なことだと、いつも思う。

充実した4日間をいただいたことに感謝しつつ、次の目的地、ニュージャージー州ピーターズバレイクラフトセンターに向けて出発した。

7/12/06

NY州Ithacaに参上 

Ithacaの町と湖


Ithaca (イサカとカタカナで表記するのだろうけど、ちっとも正しくない発音だ)は、NY州北部、湖に近い辺りにある、こじんまりとした美しい町だ。アイビーの一つコーネル大学、谷を挟んだ向かい側にあるIthaca College の2つの大学関係者で、その人口の大半を占めるという。

NC州シーグローブを月曜日の夕方出発し、途中バージニア州にある小さな町で1泊し、次の日早くにホテルを発ち、ルート81号をひたすら北上した。バージニア州、ウェストバージニア州、メリーランド州、ペンシルバニア州と超えて、NY州Ithacaにたどり着いたのは2日目の午後6時。のべ12時間の運転で、距離は1100kmを超えた。



今回はサマーバケーションではなく、コーネル大学の陶芸スタジオでワークショップとレクチャーをするためにやってきた。ちなみに、コーネル大は芸術学部のプログラムが非常に充実していて、さらに併設されている大学の美術館は、自治体の運営する公立美術館などよりもよっぽど大きかったりする。

今日はスタジオで道具と土を準備し、先週登り窯で焼いたばかりの器を参考のために並べて、後は構内を散策して、ホテルに帰って来た。明日から2日間、学生のために集中講義だ。レクチャーのための資料も作っておかなければ。

7/7/06

登り窯を焚く2

7月4日はアメリカ独立記念日。人は皆、バケーションにいそしんでいる。こんなときに、30度を越す中、登り窯を詰めている。来週NY州北部に1週間ほど行くので、その前に窯を焚いておかねばならないからだ。

NCポタリーセンターでの、3回目となる登り窯焼成は、一番嫌な夏の窯焚きだ。

詳細はまた後日書き加えるが、概略をここに。

7時に窯詰めを終え、9時ごろからガスバーナーで焙る。
7月5日に日付が変わったころ、バーナーのチェックに行く。このまま朝まで焙る。
午前6時、窯に行ってみると火が消えている。ガスから薪に変え、火袋のさま穴から焙りを続行。
午前11時、火袋焚き口から薪を本腰で入れ始める。
しばらくした後、一の間の焚き口からも、薪を入れ始める。
午後4時、一の間のコーンO10(還元に入る温度帯)が倒れる。エアダンパーを開き、シャットダンパーを閉じる。還元開始。
午後10時、一の間の最も低い部分のコーン10番が倒れる。
二の間に移り、薪を入れ続ける。
午後11時、コーン6が倒れたので岩塩を投入。ガスがいっぱい出る。身体に悪い。
午前12時半、一番低い部分の10番が倒れる。
午前1時、窯焚き終了。

合計19時間(+ガスバーナーでの焙り約6時間)

非常に疲れた、窯焚きであった。年取ったら、もう無理かも。