11/26/07

ターキーを焼いた2007

今年も、自分でターキーを焼くことにした。 昨年のターキー丸焼き初挑戦はこちら

実はサンクスギビング前に、スーパーマーケットで肉を買っていたのだ。ターキーコーナーに山積みの肉の中から、一番小さいやつを選んだのだけど、それでもなんと12パウンド。軽く5㎏を超えていた。

焼き方のおさらいをここに。

大体は冷凍肉なので、冷蔵庫に入れて数日かけて解凍させておく。焼く数時間前に外に出す。お腹の中に詰められている内臓、首を引っ張り出す(私はこれらは使わないので捨てた)。中も外も、水で丁寧に洗い、キッチンペーパーで拭いておく。スタッフィング(詰め物)を作って、お腹の中に詰める人もいるけど、私はセロリと玉ねぎとニンニクだけ入れた。

皮の上から、塩コショウ、ニンニク、ハーブ、バターやオリーブオイルを摺りこんで馴染ませる。胸側を上にして足をタコ糸で縛り、油が下に落ちるような容器の上に肉を載せ、その下にでっかいバットを引く。オーブンを375Fに温めておいて、肉をオーブンに入れる。

1パウンド当たり20分ぐらい、とのことだけど、肉に突き刺す温度計があると、中まで火が通ったかどうか分かるので便利。火が強すぎるようならアルミホイルをかぶせて調節。ときどき、下に落ちた油をすくって、肉の上から掛ける。本には30分おきに、とあったけど、私は1時間ごとにした(怠け者)。しっかり火が通ったら、最後に15分ぐらいパリっと皮を焼いて出来上がり。

落ちたグレイビー(肉汁)をバットから取り出し、上に浮かんだ油をすくってソースパンへ。弱火の上で、小麦粉を混ぜてしっかり練る。そこに少しずつ残りのグレイビーを加えていき、トロリとしたソースを作る。去年はここに牛乳を入れたけど、今年は隠し味としてしょう油を入れた。

皿の上に肉を載せ、ナイフで切り分けていく。


感想は、まあこんなもんだろうなー、という感じ。本音を言えば、チキンの方が美味しいかもしれない。でもお節料理みたいなもんで、季節のイベント物だし、楽しみながら有難くいただいた。

ちなみに、ターキーの肉には眠たくなる成分が入っているので、食後、異常に眠くなるらしい。L-Tryptophan という成分が、眠たくさせるのだそうだ。 ウィキ(英語)に詳しい解説が載っているので、興味のある人はこちら

もちろん全部食べられる訳も無く、残りの肉をスライスして冷蔵庫に保存、骨はお鍋に入れて、明日スープを取るつもり。片付くのに3~4日はかかるだろうなー。飽きそう。

11/11/07

展覧会の搬入

今日はグリーンズボロまで、次の展覧会のための搬入に行く。

その前に新しい方の家に寄ると、台所の下の水道の配管から水漏れしていて、床が水浸し。

水道工事のおっちゃん、土曜日に仕事に来るって言ってたのに、全然来てないしー。早く水道管、配管してくれー。うがー。と、うなりつつ、古新聞を敷き詰め床の水を処理する。

思いっきり、出端をくじかれた。

そして、改めてグリーンズボロへ。グリーンヒル・センターというアートセンターで、12月1日から約1ヶ月間、「Winter Show」という展覧会があり、それに参加させてもらっているのだ。作品は、先週末、スターワークス・セラミックスの登り窯で焼成したばかりのものを15点ほど持って行った。

上記は、持って行った作品のうちの一つ。大皿、直径47センチぐらい。木の切り株みたいだと、友人に言われた。釉薬の重ね塗りが、年輪みたいに見えるんかなー。

展覧会の詳しい情報はこちら
http://www.greenhillcenter.org/exhibition/winter2007/home.html

搬入を終えて、帰り道の途中ホームセンターで必要な道具を買って、家に向かう。天井・壁の修理や掃除をしようと思うと、友人から携帯に連絡が入り、入れ替わり立ち代り家の様子を見に来るので、一向に仕事が進まず今日はこれで終わり。貴重な休みに工事ができないのは、非常に焦るのだけど、まあ仕方が無い。

家に帰り、ささっと夕食を済ませる。はぁー、今日はもう早めに寝てしまおう。
明日は、がんばるぞーーー。

9/17/07

オープニングパーティ

9月14日(金)夕方6時から8時まで、展覧会場のノースカロライナ・ポタリーセンターで、オープニングパーティが開催された。



ギャラリーは二つのパートに分かれていて、一つは「Two Roads Diverged: work by Daniel Johnston & Matt Jones」という、アメリカ人の陶芸家2人の展覧会。そしてもう一つが、私の展覧会「Hitomi’s Farewell: work by Hitomi Shibata 」である。


ノースカロライナ・ポタリーセンター ウェブサイト
http://www.ncpotterycenter.com/

直前に大雨が降り竜巻警報も出ていたが、何とか6時までに雨は止んだ。足元の悪い中、100名以上の陶芸家、陶芸関係者、友人達が集まってくれた。

パーティー後、気の置けない仲間達と、隣町のタイレストランで打ち上げ。パーティ会場の食べ物など、一口も味わえなかったので、オーダーしたトム・ヤム・クンとタイチャーハンがとっても美味しかった。たくさんの人としゃべり、作品の説明をし、かなりへとへとに疲れてしまったが、多くの人に見てもらえてよかった。

9/10/07

今日の晩ごはん


日曜日の晩ごはんをアップ。土曜日の買出しで特売だったのが、NC産のジャンボシュリンプ(エビ)。いつもは1パウンド当たり$10以上するのだけど、昨日は$7だったので、1パウンド購入した。

小さめの車えびぐらいの大きさのエビが、30匹ぐらい入っていた。ひとつひとつ皮をむき、せわたをとって、ガーリックバターでさっと焼く。他に、絹さやと卵の炒め物、お味噌汁、お漬物。以上が今日の晩ごはんでした。

9/8/07

今日の晩ごはん

今日は土曜日、朝から張り切って畑仕事をして、夕方はちょっと遠いサザンパインズに食材を買いに行った。

アメリカは牛肉が非常に安い。しかも大抵、ステーキサイズかでっかい塊か、もしくはミンチ。日本のように薄切りというのは、普通のスーパーでは見たことが無い。しかも日本だと、薄切り肉とは言っても、しゃぶしゃぶ用、普通の薄さ、しょうが焼きなどのちょっと厚め、と選べるのだからすごい。

さて今日は、久しぶりにステーキを作ることにした。1パウンド当たり$3.49でお買い得だったのだ(ちなみに100gで100円ぐらい)。クレイジーソルト、コショウ、にんにくで下味をつけて肉を寝かせる。ここから肉を焼くのはしばっさんの仕事だ。

私は、今日はビビンバが食べたい気分だったので、その準備を。もやしの根を取り、しいたけ、ニンジンを薄く切り、それぞれさっと湯がく。しっかり水を絞って、ごま油とお醤油で味つけしてナムルを作る。レタスを洗って水を切り、小さくちぎる。ご飯の上に、レタス、ナムル、キムチを乗せて、簡単野菜いっぱいビビンバの出来上がり。

たくさん動いてお腹がすいていたので、たくさん食べて、お腹が超いっぱいだ。ごちそうさまでした。

9/1/07

展覧会が始まった

ノースキャロライナ・ポタリーセンターで、個展が始まった。
2年間のレジデンシープログラムを終えた、修了制作展だ。


週20時間ポタリーセンターの業務をしながら、空いた時間で制作をした。
ポタリーセンターは、いつも協力的に、制作や窯焚きをサポートしてくれた。

2年間に登り窯を7回、グラウンドホッグ窯を1回、焼成した。
毎回が新しい試みで、うまく行ったり行かなかったり、だった。

制作追い込み時に体調を崩し、思うように作れなくて、ストレスでじんましんが出た。
柴田や、友人達が、仕事の時間を削って、窯焚きを手伝ってくれた。
周囲の暖かい励ましと協力なくては、成し得なかったことだ。

できるだけたくさんの人に、見てもらえたら幸いだ。

North Carolina Pottery Center
http://www.ncpotterycenter.com/

8/26/07

日本食レストランに行く

パインハースト(Pinehurst) は、シーグローブから車で40分ぐらいのところにある、ゴルフと乗馬のメッカである。最近では6月下旬の全米女子オープンが開催され、宮里藍が出場していたようだ。

ここには海も山も無いけど、ゴルフ・乗馬、というお金のかかるレジャー施設がたくさんあるので、全米から集まる人たちでいつもにぎわっている町である。

さてパインハーストにはたくさんレストランがあり、その中に日本食レストランがある。「点矢(Tenya)」という名前。今日は友人と一緒に、ここで夕食を食べることになった。


前回来た時は、柴田は海鮮ちらし寿司、私はテンヤ弁当だった。今回は、柴田は同じく海鮮ちらし寿司、私はベジー(菜食)弁当にした。それぞれ$19、$18である。ちなみに一緒に行ったデイヴィッドはにぎり寿司セット、ナンシーはテンヤ弁当だった。(写真を取れる雰囲気ではなかったので、写真なし)。

店内はきっちりドレスアップした人たちでほぼ満席。店内の雰囲気、食事の見た目とデコレーションは、とっても良い。味は、人気のあるお店だけあって、悪くないのだろう。好き嫌いあるかもしれないけど。

面白いのは、ほとんどの人が、ちゃんとお箸を使って食事をしていることだ。まあ、今はアジアンレストランがたくさん増えて、お箸はすっかり市民権を得ているので、よほどド田舎でもないかぎり、全くお箸を使えない、という人を見かけることは少ないけど。

4人で、チップ込みで$130ぐらい。たまにはこうして食べに出かけるのも、悪くないな。

点矢(Tenya)
70 Market Sq., Pinehurst, NC 28370
Village Of Pinehurst
910-255-1085

8/21/07

故郷に戻る

先週末、やっとバージニア州に行ってくることができた。片道4時間のロングドライブだった。

2003年の正月に、1年間3ヶ月住んだマサチューセッツを離れ、バージニア州アポマティックスにやってきた。ここにあるカブ・クリーク陶芸スタジオというところで、半年間、毎日朝から晩まで陶芸漬けの生活をした。100エーカー(約12万坪)の敷地にはスタジオ、登り窯、築200年の屋敷、池が数個、巨大な森と、いかにも、なアメリカのド田舎での陶芸生活だった。

隣町ファームビルにはロングウッド大学があり、ここの美術学部の教授であるランディーさんがとてもよくしてくれた。日本のやきものと文化をこよなく愛する人である。学生のために陶芸ワークショップやレクチャーを何度かさせてもらった。人口より家畜の数が圧倒的に多いアポマティックスでの生活に嫌気がさしたら、よくファームビルに来て気分転換をしたものだ。

その後私達が日本に帰っても、彼らとはメールなどで連絡を取り合い、いつかアメリカに帰ってくるからと私物をたくさん預かってくれたりもした。結局、日本帰国後2年を待たずにアメリカに帰ってきて、しかもとなりの州ノースカロライナで陶芸に関わる仕事を始めた。約400キロ離れた思い出の土地は、私達の故郷のような存在でもあるのだ。

ノースカロライナからまっすぐ北上し、バージニア州境を越えると、風景が少し変わる。土地の起伏が激しくなり、森が大きくなる。アパラチア山脈が東向きに迫ってくるからなのかもしれない。また、ノースカロライナ中部は家具の生産が盛んで、そのために木を伐採して売る人が非常に多く、大きく育った森が少ないということもある。

ファームビルに着き、ランディーさん家族と食事をしたり、時に大笑いしながらとりとめも無い話をした。次の日はダウンタウンにあるレストランのサンデー・ブランチを食べに行き、巨大なオムレツをほおばった。長い間預かってもらっていた大壷を受け取り、昼過ぎにファームビルを出て、40分ほどでアポマティックスのカブ・クリークに到着。

現在4人の若いアーティストがスタジオで制作をしている。カブ・クリークのディレクターであるジョンは、そこから車で5分ぐらい行ったところ(もちろん敷地内)に、新しい家を建てている。

実は昨年のクリスマスに、前の家、築200年の屋敷が火事に合い、ジョンは家を失ってしまったのだ。

幸い火災保険にて家の再建の費用はカバーされたのだが、ジョンが30年に渡って集めてきた陶芸作品の数々、もう絶版されたであろう美術図書、その他工芸品などは、価値なしと見られてカバーされなかった。たとえされたとしても、お金では買えないものだっただろうけど。

そんな困難を乗り越えて、ジョンと若いアーティスト達は家を建て、次の目標に向かって毎日一生懸命働いている。

人間がんばったら何でもできる、ということを改めて思い知らされた旅になった。

8/10/07

今日の晩ごはん

最近、外に出ると、頭がクラクラするぐらい暑い。
熱波が通り過ぎるまであと数日。熱中症に気をつけないと。

そんな暑い日の晩ごはんに、どうしても食べたくなったのがカレー。
あいにく、日本製のカレールウは切らしている。
でも、この前の買出しでゲットしておいたカレーペーストがあったので、
これで辛うまカレーを作りました。

使ったのはPatak's Mild Curry Paste。一瓶$5ぐらいだった。
ウェブサイトはこちら http://www.pataks.co.uk/
よく見たら、メイド・イン・イングランド。

こういうカレーペーストは、前回ロンドンにいた時に、よく買った覚えがある。
お肉や野菜、適当にチャチャっと炒めて、これを入れてカレーを作った。

イギリスはインド系移民がとっても多いので、スーパーマーケットのインドセクションは、すごく 充実している。インド専門食材店もたくさんあるし、デリやレストランも多い。外で何度かインド料理を食べたけど、どこで食べてもとても美味しかった。当たりが良かったのかな。

さて、今日は、頂きもののナスたくさん、牛ひき肉、完熟トマト、のカレー。

これらをしっかり炒めてから、前の日に作っておいたトマトソースも入れて、上記のカレーペーストを大さじ3杯ぐらいいれた。

そしてクミン、コリアンダー、カレーパウダー、ローリエの葉っぱ、塩コショウ、バジルもいれた。

15分ほどでカレーが出来上がり。

生野菜とごはんののったお皿に、カレーをたっぷりかけて、あつあつ、フーフー、と頂きました。

やっぱり夏は、カレーやなあ。

8/3/07

窯出しの日

今日の夕方、窯のふたを開けた。そして友人達が集まってから、窯出しをした。

作品を出した後はみんなで窯を掃除して、その後はスタジオでポトラックパーティーだった。

8/1/07

最後の登り窯焼成

7月27日(金)、朝からギラギラと太陽が照りつける中、黙々と窯詰めをした。器を運び、土の玉を作っては器の底に貼り、一つ一つ窯に詰めていく。気の遠くなるような作業である。

今回の登り窯が、ポタリーセンターでの最後の窯焚きになる。2005年9月1日から始まった、私のアーティスト・イン・レジデンスプログラムは、これで終了だ。2年間、本当にいろいろなことがあったし、薪窯もたくさん焚いたし、9月から始まる個展のための制作もできるだけのことはやった。あとはこの窯焚きがうまく行けば、もう思い残すことはない。

さて、午後7時半には窯詰め終了、窯のふたも閉じて、ガスバーナーであぶり開始。家に帰り、ごはんを食べ、早めにベッドに入って休息を取る。

次の日の朝2時半に柴田が窯に行き、薪でのあぶりに変える。あせって温度を上げすぎると、作品の生地の焼成切れになるので、ゆっくりと薪をくべていく。

午前11時に、窯番交代。私と、今回窯焚きを手伝ってくれるウェインさんと2人で薪を入れていく。柴田は長い窯番をとりあえず終え、家に帰って夜まで睡眠を取らねばならない。昼間しっかり寝るのは、結構難しいのだけど。

窯番が変わると、焼成のリズムも変わる。午後のきつい日ざしと高い気温で、体力が消耗する。

夕方5時に、友人のデイヴィッドが窯焚きの手伝いに来てくれた。交代して、休憩しながら、窯の様子を見る。温度の上がりがちょっと遅い。煙突のダンパーを閉めすぎなのか。でも窯なりに上げていけばいい、と思った。

午後7時半に柴田が復活。これからサイドストークが始まるので忙しくなる。ウェインさんもデイビッドも、最後まで一緒に窯を焚いてくれると言っている。夏の窯焚きは本当に疲れるのに、二人とも真剣に助けてくれようとしている。とてもありがたい。

午後10時ごろ、一の間のコーンの11番、場所によっては12番が倒れ、焼成を止める。二の間(塩の間)に移り、薪をくべつつ温度を上げていく。8番が倒れたところで窯に塩を投げ入れる。煙突から、塩のガスがモクモクと上がっていく。その後、塩をしっかり焼き切るように、温度を上げていく。

午前2時、コーン11番が倒れ、焼成終了。土で窯の穴を塞ぎ、煙突のダンパーを閉め、窯の周りを片付けて、窯焚きが終了した。薪投入が24時間、ガスでのあぶりを含めると30時間の焼成だった。

最後まで一生懸命窯を焚いてくれた、デイビッド、ウェインさん、柴田には、いくら感謝してもし足りないぐらいだ。本当にありがとう。

窯出しは8月3日(金)、夕方。うまく焼けていますように。

6/17/07

窯焚きが終わった


最近忙しかった理由の一つが、柴田の所属先で行われていた登り窯焼成。3日間の窯焚きは、結構たいへんだった。

木曜日に窯詰め、その日の晩からガスバーナーであぶり。金曜日早朝から薪投入開始。そして土曜日の夜中3時半ごろに、焼成終了。みんな、すすだらけ、泥だらけ、へとへとに疲れていた。

窯出しは22日金曜日午後。どんな出来になっているやら。

5/19/07

陶芸家 トシコ・タカエズ

トシコ・タカエズ氏(左)とお弟子さんのデイブ



アメリカ陶芸界で「トシコ・タカエズ」の名を知らぬ人はいない。タカエズ氏は、長い間アメリカ陶芸界を導いてこられた、とても偉大な陶芸家だ。

タカエズ氏はハワイ生まれの日系二世。クランブルック大学の大学院を出た後、プリンストン大学で陶芸を教えておられた。退官された後も、どんどん個展を開催し、現在に至る。とても1922年生まれとは思えないほどお元気で、そして失礼かもしれないけど、非常に可愛らしい女性である。

今回、グリーンズボロという町にあるGreenhill Centerにて個展を開催するタカエズ氏が、どうしても一度訪ねたいと熱望されて、昨日シーグローブに来られた。最初にポタリーセンターで、シーグローブの古い陶器を見学された。

その後、ジャグタウン・ポテリー、デイヴィッド・ステンフリ氏の工房を見学して、展覧会のレセプションのため急いでグリーンズボロに帰られた。

私は視察団の下っ端(笑)として同行したのだけど、タカエズ氏と少しだけお話しする機会があって、とてもうれしかった。信楽の話、土の話、日本の食べ物の話、時折日本語も入り、楽しいひと時だった。

午後7時半からは、Greenhill Center のレセプションに参加した。たくさんの作品と、たくさんの人々。ギャラリートークでは、面白いお話をしてくださった。



最後に、ギャラリーを出る前に、少しお話をする時間ができた。手を握って、がんばってね、と励ましの言葉もいただいた。
アメリカ、陶芸、日本。これらをキーワードに、素晴らしい仕事を積み重ねてこられたその足跡を、私達は歩いているのだ。

4/21/07

怒涛の窯焚き4月編


柴田の仕事先で登り窯を焚いたのはつい3週間前のこと。今回は私の仕事先で薪窯を焚く。いつも使っている二間の登り窯の方ではなくて、シーグローブの伝統的な薪窯、グラウンドホッグ・キルンだ。

これは日本の穴窯に似ているのだけど、火袋(薪が燃えるところ)にロストルという空気の溝があり、薪がよく燃焼できるようになっている。火袋から一段上がったところに大きな硅砂が引いてあり、器に目を付けず硅砂の上にそのまま乗せるようになっている。そして、煙突が低くて幅広いのも大きな違いだ。

とにかく、そういう違いによって、窯焚きの時間がぐっと縮まり、なんと12時間ぐらいで焚き終えることができるようになっている。グラウンドホッグ・キルンの詳しいことは、陶芸ジャーナルの方でまた書くことにしよう。

さて、窯焚きは思ったよりサクサク温度が上がり、また心ある友人達が入れ替わり立ち代り手伝ってくれて、問題も無く順調に終わることができた。ガスバーナーでのあぶりが一晩、朝から薪に代えて15時間で終了。火前のオルトンは12番完倒、一番後ろの煙突前で9番完倒というパーフェクトぶり。


お疲れ様でした。

4/6/07

初窯窯出し


柴田の運営するNPO「スターワークス」の初窯の窯出しがあった。ちょっと肌寒く、風も強く、花粉と土ぼこりと、窯からのほこりでくしゃみ連発しつつ、一つ一つ作品を出してゆく。

グループ焼成なので、自分の作品がたくさん入ったわけではないけど、仲間と一緒に楽しく窯出しするのは、何ともいえない充実感だ。

今回は、参加者のほとんどの作品が素焼き無しの生地ばかり。釉掛け、窯詰めでもかなりリスクが高いのに、加えて薪窯では焼成中・冷却中に破損することが多い。だが、キャンドルスタンドとカップも破損無く焼けていてよかった。バーモント州のお客さんがオーダーをくれていたのだ。

次の窯焚きは初夏か初秋。いい器を作って、素焼きして(これポイント)、もっといい窯焚きにしましょう。がんばれ。

4/4/07

ECUでワークショップ開催

ECU(イーストカロライナ大学)はノーースカロライナ州東部のグリーンビルという町にある。学生数約3万人の中規模大学だ。この大学の陶芸科のスタジオで、柴田と2人でワークショップとレクチャーを行った。 あまりに多忙のスケジュールだったので、何と写真を取る暇も無かった。残念。

私達を呼んでくださったのは陶芸科教授のSeo Eoさんで、彼は韓国出身だが幼少期(1~7歳)を日本の広島で過ごしたのだそうだ。その後数年韓国に戻り、高校から大学院までアメリカで、その後ボリビアで数年仕事をし、以来ずっとアメリカで陶芸を教えていらっしゃる。ちなみにかなりの日本語を話すことができ、もちろんハングル語、英語、に加えてスペイン語も堪能な、とても国際的なアーティストだ。やっぱり語学は、持って生まれた才能だなー。いや、もちろん努力の賜物でもあるけど、あるレベルを超えるには努力には限界があるかもしれん。

さておき、前の日に到着した私達は、Seoさんの自宅に荷物を置き、道具や土を運ぶため大学のスタジオに向かった。教室数がすごく多いものの、一部屋あたりの面積は結構狭く、ちょっと窮屈な印象。でも学生は工夫して場所をシェアし、和気藹々陶芸の勉強に勤しんでいる様子。学部生・院生合わせて30人ぐらい?が私達のワークショップを見に来てくれた。

柴田は自分の研究テーマである、地元の土の焼成テストを学生に説明し、また蹴ろくろを使って日用食器を作った。私はこの辺りの赤土原土と普通の陶土を混ぜて赤土を作り、それで大鉢と大壷を作った。夕方仕上げをするときになっても、まだ削りには早すぎる状態。でも時間がないので無理やりバケツに乗せて大鉢の高台を削ったら、ひっくり返した時に、見込み部分にバケツの縁の跡がくっきり。隠すのもわざとらしいので、あえてそのまま跡を残した。いつもは2日間のワークショップなのだが今回は1日。大物を1日で完成させるのは、ちょっと無理があったかなあ。

5時に仕事を終え、片付けて、お礼を言って、大学を後にした。自宅に着いたのは午後10時前。日曜日の早朝に薪窯を焚き終えてから、まだ2日しか日付が変わってない。めっちゃ、疲れました。

4/1/07

窯焚き終わり

土曜日の夜中(正確には日曜早朝)、無事窯を焚き終えた。合計43時間、あぶりを含めると55時間の窯焚きだった。思ったよりは早く上がったが、いろいろ反省点もあり。まあ初窯なので、これから少しずつ良くしていくしかないのだけど。

ちなみに今回、たくさん「左馬(ひだりうま)」の湯飲みを入れた。築窯したばかりの窯を初めて焚くときに、「馬」を反対にした「左馬」を湯飲みに書いて焼き、窯出し後にお得意さんに湯飲みを差し上げる、というなわらしがある。左馬の湯飲みでお茶を飲むと中風にならないといわれ、非常にありがたがられるのだそうだ。また地方によっては、湯飲みではなくお茶碗のところもあるみたいだ。

アメリカ人のデイビッドやジョーも、メキシコ人のサンちゃんも、四苦八苦しながら左馬を弁柄で書いていた。すばらしい異文化理解だな(笑)。窯出しは来週後半、木曜日か金曜日になるだろう。とても楽しみだ。


さて明日はイーストカロライナ大学に出かけて、学生向けに陶芸ワークショップとレクチャーをしなければならない。こうして、汗かき恥かき、生きていくのだ。

3/31/07

初窯焼成が始まった

柴田の運営するSTAR Works Ceramicsで窯を築いたのは昨年の10月。その後窯用の棚板やつく(支柱)、パイロメーターなど必要なものを少しずつ揃え、薪を用意して、3月になってやっと初窯焼成の準備が整った。

(築窯ワークショップの詳細はこちら→STAR Works Ceramics Weblog

3月28・29日は窯詰め。一つ一つの器の底に、土の玉を3~5個ずつ付けるので、非常に手間がかかる。穴窯の間、2の間、塩の間、捨て間にまで、ぎっしり物を詰めた。

29日の午後6時半からガスバーナーであぶり。この間にしっかり睡眠を取って置かないと、後がキツいのだ。

30日午前6時半にガスを止め、薪に変えた。今回素焼きをしていない作品が多いので、慎重に上げていかねばならない(急ぐと器の生地が爆発することがある)。

午後6時に私が窯焚きの番に入り、7時半に柴田が登場。生地の爆発の危険がある温度帯を超えたので、これからどんどん温度を上げていく。

夜中の窯焚きはとても静かで、窯を集中して焚くのには最適だ。薪の燃える音、窯のうなる音、噴き出す炎の音。これらも大切な窯焚きのシグナルだ。

午前7時で、穴窯の間のオルトンコーン7番(約1200度)が倒れた。2の間も1000度を越えている。ここで私が帰宅。柴田は次の窯番の人にしっかり引継ぎをせねばならなかったので、何と昼の12時に帰宅。しっかり寝て、今日の晩からまた窯焚きだ。

3/26/07

聖地チャーチルダウンズ詣で



ケンタッキー州ルイビルといえば、泣く子も黙るケンタッキーダービー開催競馬場で、その歴史は今年で133年目なのだそうだ。アメリカ競馬の三冠の一つであり、もっとも権威のある競馬場といえる。2000年には、オーナーが日本人である名馬・フサイチペガサスが一着になったのも記憶に新しい。

私は、競馬をギャンブルとして楽しむよりは、むしろ競走馬の美しさとその命のはかなさが好きなのだ。競走馬の一生は、走るためだけにある。

競争に勝ち続け、成績を残した馬は、引退後は次の世代に血を繋ぐためだけの余生となり、逆に、走れなくなり成績の残せなかった馬の行く末は哀れだ。人間のエゴが作り出した悲しく美しい「競走馬」は、宿命としてただひたすら走るだけしかないのだ。

さておき、そのチャーチルダウンズは、ルイビルダウンタウンから南に約5キロ、思ったよりも街中にあった。車を止め、入り口から入ると、場末の雰囲気。

入場券を販売しているおっちゃんが、$10札をうれしげに差し出すいかにも外国人の私を見て、疑わしそうに「賭けにきたのか?」と聞くので、「競馬場を見学しに来たのだ」というと、「入場料いらんから、トラックを見てきていいよ」と言ってくれた。優しいなー、おっちゃん。
階段を上がると、まさにカジノ。モニターに全米各地で行われている競馬のレースが映り、みんな真剣にビットしている。それを横目にレーストラックの方に向かい、ガラスのドアを開けると、青空の下のダートコースが目の前に広がった。

「うわぁー、めっちゃきれい」。他に言葉は出ない。観客席には誰もいない。柴田、私、リチャードの3人は、しばし口も聞かずコースを眺めた。

子供のころから馬の飼育・調教を身近に見てきたリチャードは、ここ(チャーチルダウンズ競馬場)は神聖な雰囲気が満ちているという。そう言えば、すがすがしい気分でいっぱいだ。いつか必ず、5月上旬のケンタッキーダービーを見るために来ようと思う。

NCECA in ケンタッキー州ルイビル


3月14日から17日まで、ケンタッキー州ルイビルに滞在した。NCECA(National Council on Education for the Ceramic Arts: 全米陶芸教育委員会)という、陶芸教育のカンファレンスが行われており、それを視察し、情報収集するためだった。NCECAは毎年アメリカ各地で行われていて、約一万人も参加者があるらしい。教育関係の催しだけではなく、陶芸科のある大学をはじめ、陶芸材料を扱う会社やアートギャラリー、陶芸雑誌出版社、アートセンターなど、陶芸を取り巻く各業界や関連団体がブースを持ち、宣伝や情報配布を行っている。

続きは、こちらのブログへ→陶芸ジャーナル「NCECA in ケンタッキー州ルイビル」

3/9/07

忙しい

陶箱の発送ももうすぐ終わる。仕事の方も、新しい家での生活の方も、どっちもだんだん落ち着いてきた。今週末はやっとゆっくりできると思いきや、来週水曜日から4日間ケンタッキー州・ルイビルに出張だ。いろいろ準備があるので、まだまだばたばたしそう。

出張内容は、アメリカの陶芸教育のカンファレンス(NCECA)のための視察、情報収集、ネットワーキング。陶芸教育カンファレンスとはいえ、ビジネス情報がいっぱいなのだ。

さて、ルイビルと聞いてピンと来た人は、結構「ウマー」な人ですね。ふふふ。(ヒント:チャーチルダウンズ

2/25/07

登り窯の窯焚き終了

24日(土曜日)、快晴。いかにも窯詰め日和。前の晩施釉に12時までかかり、少し睡眠不足だ。窯土(器の底につける土の玉を作るための荒い土)を作り、施釉の済んだ器を窯の横に並べる。

薪窯の窯詰めは、普通のガスや電気の窯詰めとは違い、つく(支柱)と棚板の間にもより(窯土の紐)を乗せていかねばならず、非常に面倒だ。窯の底はガタガタで、組んだ棚板のレベルも一つ一つ見ていかねばならない。薪窯を面白いと思っていなければ、こんなしんどくて面倒くさい窯焚きなど、労力の無駄かもしれない。

さて、昼前から始めた窯詰めは、以上の面倒くささもあってなかなか進まず、奥の段を組み終えた段階で早8時、空腹をクッキーで紛らせながら、手前の段を組んでいって終えたのが何と午前12時。ブロックを組んでドアを作り、火袋からバーナーであぶりを始めることができたのは1時過ぎ。家に帰り、晩ごはんを食べ、シャワーを浴びて仮眠を取る。

25日(日)、朝6時に窯に行き、ガスバーナーを止めて、火袋の前から焚き火を始め、徐々に窯の中に火を送り込んでゆく。その後大きい薪を少しずつくべ始める。火を育てて大きくしていく、という感じだ。

午後3時に還元に入る。といっても薪投入のピッチを少し早め、煙突のダンパーを少し閉めるだけだけど。ここからだんだん忙しくなっていく。ちょうど4時から、友人のデイビッドとサンティアゴが来てくれて、窯番を変わってくれたので、体力を温存することができた。サンティアゴは何とBBQセットも持参して、窯の横で肉と野菜をジュージュー焼いてくれるではないか。8時過ぎまで2人はしっかり手伝ってくれた。

辺りも静まり返った11時ごろ、一の間(釉薬物の間)の一番温度が低いところの10番のコーンが倒れた。早いところは12番も倒れそうなのだけど。ここで一の間を焚くのを止め、二の間(塩の間)に移る。十分時間を掛けて焚いてきた熱で、普通は二の間を焚き終えるのは時間がかからない。ただ、温度が上がってくると、岩塩(2cmぐらいの塩の粒)を薪に乗せて窯に投げ込む作業があるので、とても忙しくなる。また塩を入れた後は塩素ガスが大量に出るので、窯からなるべく離れた方がよい。

日付も変わった午前1時、二の間も11番、場所によっては12番のコーンが倒れ、ここで火を止める。あぶりから25時間、無事窯焚きを終えることができました。窯出しは来週末。出来上がりが楽しみでもあり、ちょっと怖くもある。

月曜日は休みを取っているが、引越しも完了せねばならず、なかなかゆっくりできそうにもない。

2/18/07

窯焚き1週間前、引越し10日前


来週の日曜日は、予定では登り窯を焚いている(はず)。昨日は薪をチェーンソーで切り、窯の横に積み上げた。今日は夕方から電気窯の素焼き窯詰め。素焼きも3回せねばならん。アメリカは丸い電気窯が主流なので、四角いものは中々数入らないのだ。

それだけではなく、今月末は引越しの予定。今日は昼から、こまごまとしたものをトラックに積み込んで新居に運ぶ。コンピュータ類、最低限のキッチン用品、食べ物、あとネコ達は一番最後に引越しなので、窯焚き後ゾンビのような姿で、しかも泣きながら引越ししてるかもしれんなー。

と言うわけで、忙しく、慌しく、何とかやっています。

2/14/07

バレンタインデー

アメリカのバレンタインデーは、男性が女性に、花やプレゼントを贈る日なのだそうだ。日本では逆だし、しかもチョコレート。まさに製菓産業の策略だ。

友人夫妻に夕食を一緒に食べに行かないかと誘われたが、丁重に断り、今日も箱。成形が今日ですべて終了。この週末までに、50個の陶箱を、化粧掛け、乾燥を終わらせて、できるだけ早くに素焼きをせねばならん。灰釉も作って来週釉薬を掛けないと。窯土も作らねば。ああ、やることが多すぎる。

8時に急いで帰ってきて、アメリカンアイドル始まるーやばいー、と思いきや、今日は9時からだった。昨日の残りのカレー、急いで作った豆腐ハンバーグ、ピクルスを大雑把に器に盛り、疲れのあまり口数少なくモリモリ食べる。巷はバレンタインデーで、さぞロマンチックな夕食だろうなー。

こんな日もありますわい。とほほ。

2/12/07

テレビ徒然

昨日いつもより遅めの夕食を食べ、やっとリビングでパソコンを開きピコピコしていると、テレビから何やら騒がしい音が。CBSでグラミー賞をやっていた。カントリーミュージックのグループ、ディクシーチックスが主要3部門を含む5部門を受賞。すごい!見事な復活。

前回のアメリカ滞在時(2003)、確かディクシーチックスのCD不買運動が盛んになってて、ひどい扱いを受けていた。というのも、ワールドツアーでのイギリスで、ボーカルのナタリーがジョージのことを「同じテキサス出身者として、米大統領を恥ずかしいと思う」とか何とか発言→共和党・ジョージの支持派、またまたアメリカ南部の人々からすさまじいバッシングを受けてしまった、という出来事だ。言葉尻を掴んで、悪意を持って攻撃するのは、どこも同じことだなあ。

そして、それから数週間後、アメリカはイラクに侵攻した。

結果的に、現在のアメリカの世論を鑑みても、あれは全く失敗だったという雰囲気。先日の教書演説でアメリカの国益を守るためにも、イラクへの増兵は不可欠、とのたまったジョージだが、2003年のアメリカと今を比べても、どうも国益が一般市民に還元されているとは思えない。

さておき、ディクシーチックスはそれから数年間、南部各地を回って無料コンサートを開いたり、週刊誌にヌードで登場したり、いろいろミソギをせねばならない時期があった。それを超えて、今年はグラミー独占で、すっかり厄払いもできたようだ。よかったなー。

今日は8時からドラマ「24」の2時間スペシャル。同時間帯にはドラマ「Heroes」もあるのだけど、前シーズンからの繋がりで24を見ている。どうやら視聴率は後者に軍配があがったようだけど。日本とは放送に時間差があるんかな。内容は言えないけど、LAが大変なことになってますよ(笑)。あー、東海岸でよかったわぁ。

明日は火曜日の子供の陶芸教室。またカミナリ落とさんといかんのか・・・。
よーし、タフに行きましょう。

2/11/07

今日の晩ごはん

久しぶりに今日の晩ごはんアップ。
  • マーボー豆腐
  • ネイビービーンズとひき肉の味噌煮
  • 鶏肉の照り焼き(しばっさん作!)
  • ちぎったレタス&シーザードレッシング
  • ごはん

マーボー豆腐は、ひき肉、にんじん、水で戻した干ししいたけを、にんにく・しょうがと一緒にごま油で炒める。オーガニック豆腐、しいたけの戻し汁を加えてざっと炒め煮。和風味噌、コチュジャン(韓国の赤味噌)、テンメンジャン(中華の黒味噌)を水で溶いたのを、具に混ぜて煮る。刻んだネギを合わせて出来上がり。マーボー豆腐の素が簡単に買えないアメリカでも、何とかそれらしくできますぞ。

ネイビービーンズは見た目大豆に似ているけど、白いんげん豆の一種で、アメリカやイギリスではベイクドビーンズやビーンズープによく使われる豆。これを平吾(うちの圧力鍋)で5分加圧・即減圧。フライパンでひき肉を炒め、豆を入れ、和風味付けでさっと煮て、最後に味噌をちょっといれて終わり。一味を振ったら、何か酒のつまみのような味になってしまった。

鶏の照り焼きは、しばっさんが作ってくれた。最近料理が上手になったので、何でも美味しく作ってくれる。野菜炒めとか、私が作るより美味しいかったりするので、なかなか侮れないのだ。

今日もお腹いっぱい。ごちそうさま。

続・箱を作っています


日本在住の友人Mさんからいただいたオーダーの陶箱続編。
前編はこちら
挫けず、腐らず、まだまだ作っていますぞ。

経過を書くと、
1月上旬にオーダーをもらう
中旬に試作品制作
下旬に石膏型(内型)制作
2月1日から箱を作り出す
1日多い日で6個、少ないと2個・・・・

土の箱を1個成形するのに40分かかる。正直、ろくろの方がよっぽど楽だ。
太いより(土の紐)を型に巻きつけ、底用のたたら(粘土の板)を張って、叩いて締める。
ワイヤーで側面をそぎ落とす。ガスバーナーであぶる。そしてそっと、石膏型を抜く。
乾燥調整、底の仕上げ。乾燥調整、内化粧。乾燥調整、外化粧。
その後、ゆっくり乾燥。

昨日何とかオーダー数をクリアするも、
乾燥切れ、焼成切れ等ハプニングを考慮すると、
オーダー数の1.5倍は数が欲しいところだ。
来週日曜日までには素焼きを終え、灰釉もかけねば。
そして再来週末(24、25日)の薪窯焼成に向けて、
薪、窯土、コーンパックス、棚板コーティング等、準備をせねばならない。
うーむ、月末には新しい家に引越しを完了させたいし、
おお、25日(日)はオスカー発表ではないか。

何で2月は28日しかないんじゃーーーー。
仕事場からの帰り道、日没後の空がとてもきれいだった。宵の明星も見えました。

1/29/07

コロッケ定食

3週間前の買出しで、「Buy One, Get One」だったじゃがいも。一袋2.5kgぐらいのを、2袋買って帰ってきた。一生懸命料理に使ってきたが、なかなか減らなかった。とうとう芽まで出てきたので、今日は思い切って、残っていた8個全部使って、晩ごはんを作ることにした。

まずじゃがいもの芽を全部取り、皮つきのまま洗って圧力鍋へ。10分も加圧したらしっかり火が通った。

鍋のとなりでフライパンを用意して、ひき肉、玉ねぎとにんじんのみじん切りを炒める。じゃがいもの皮をむき、炒めた具を混ぜ、調味料を入れて、小判型に成形。

コロッケが大2個、中2個、小6個できた。小さいのは明日のお弁当のおかずになる。小麦粉、溶き卵、パン粉の順に衣を付けて、表面が狐色になるぐらいに揚げる。

じゃがいも8個のうちの3個は、ポテトサラダに使った。きゅうり、にんじん、玉ねぎのみじん切りに塩をして、水気を抜いて、皮をむいたじゃがいもに混ぜる。マヨネーズ、マスタード、塩コショウで出来上がり。

コロッケ、ポテトサラダ、野菜サラダ、をワンプレートに。コーンポタージュスープ、ごはん、ピクルスを添えて、今日の晩ごはん。何か、学食のコロッケ定食のような見栄えだな。

じゃがいもとごはんととうもろこしの炭水化物攻めで、今日もお腹いっぱい。
ローカーブ」?何のことやら~

1/27/07

箱を作っています


先週から、土で箱を作り始めた。日本に住む大切な友人のMさんから、依頼された器。これをたくさん作って、2月末に薪の窯を焚く。3月上旬には日本に送れるようにしたい。

ちょっと専門的な話になるが、ご容赦を。

陶器の四角いもの、特に辺の長さが違うものは、乾燥時と焼成時にゆがみが起こりやすい。ろくろで作られた陶芸品が工業製品として量産されるのは、丸いものは最もゆがみにくいからだ。

さらに、薪窯で焼くとゆがみが起こりやすい。薪の窯には必ず炎の方向があり、火が当たる部分はよく焼け、火が通り過ぎる後ろは焼けにくい。よく焼ける部分は土の収縮が大きく、焼けないところは縮まないので、結果として形がゆがむ。また窯の中の棚板に作品がくっつかないように、底に目土(小さな土の玉)を3~5箇所付けるのだが、器の重量を点で受けることになるので、これも全体の形をゆがめる原因になる。

(余談だが、日本では目土を奇数箇所、アメリカでは偶数箇所、付けるという違いがあるようだ。私が日本にいたときは奇数しか見たことなかったのだけど・・・他の窯業地ではどうなのだろう?)

日本の陶芸の美意識として、その自然の「ゆがみ」を長所と見ることがあるので、必ずしもゆがんだものがよくないとは言えない。むしろそれを美しいと感じたり、愛着を持ったりすることもある。わざとゆがませるために、横に寝かせて焼いたりすることもある。私もゆがんだ器を気に入って使っている。一定の数量や規格を守らねばならない時は、ゆがんだものは最初にはじかれるのだけど。

大量生産で低価格、資本主義の恩恵から全く反対の方向にある、ゆがんだ手作りのやきもの。これからますます、生活に不必要な贅沢品になっていくのかもしれないな。

でも、楽しみに待っていてくれる人がいる器を、一生懸命作れる機会をいただけるのは、本当にありがたいことだ。いい仕事ができるようにがんばろう。

1/17/07

テレビを見るのに忙しい

昨日(16日)から、「アメリカンアイドル」の第6シーズンが始まった。前回すっかりはまってしまった、FOXの大人気リアリティーショーである。(昨年の記事はこちら

これから数週間は、全米各地で行われた地区予選のダイジェスト版だ。今年のオーディション参加者総数は、なんと70万人!らしい。ハリウッドで行われる本選に進めるのは、その内の数十人ぐらいなのだから、超激戦としか言いようがない。(公式ウェブサイトはこちら

超辛口の審査員に、容赦なくバンバン落とされていく人たちの逆切れや狼狽ぶりは、真剣な本人には申し訳ないのだけど、見ていてめちゃくちゃ面白い。

前にもちょっと書いたけど、アメリカンアイドルに必要な要素は、歌唱力、表現力に加えて、愛されるキャラクター、カリスマ性、あと土壇場に強いパフォーマンス力である。

したがって、容姿とか育ちの良さとかは、度を越さない限りは最優先ではないみたいだ。現に、過去にドラッグなどで逮捕歴があってもオーディションの結果がよければ本選に出られるとか、びっくりするぐらいの肥満でも歌が上手ければOKとか。

これから5月まで火曜と水曜はテレビを見る習慣がつきそうだ。
こんなにテレビを見てていいのか? よくないなー